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生理学とメカニズム

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摂食・嚥下障害へのアプローチ(3)

これまで嚥下のメカニズムについて生理学的観点から2回にわたって考察を行なってきたが、今回は嚥下機能の評価の方法について述べてみたい。

特養ホームの嚥下障害の実態

まず評価に先立ち、当院の訪問先である特別養護老人ホームにおける嚥下障害の実態調査から、要介護高齢者における嚥下障害の症状と発現頻度の関係を、Sonies BC et al 1)による嚥下問診表を用いて調査(未発表)を行なったので、その結果を示しながら患者の観察に際して注意すべきポイントについて述べてみたい。


表1:特別養護老人ホームにおける嚥下障害の実態(複数回答)
・流涎 22%
・食べるのが遅い 22%
・飲み込みが困難 20%
・飲み込む時にムセや咳が出る 20%
・食べ物が舌の奥や喉に引っかかる 14%
・喉に詰まった感じがする 12%
・口から食べ物がこぼれる 10%
・固形物の方が水分より飲み込みにくい 10%
・水分の方が固形物より飲み込みにくい 10%
・飲み込む前にムセたり咳込んだりする 4%
・しばしば肺炎や気管支炎を繰り返す 4%
・口の中に食べ物が残る(歯と頬の間) 4%
・痩せた 2%

嚥下障害患者の発見の糸口になるその徴候はどのようなものかというと、表1に挙げた症状とその発現頻度が嚥下障害患者の訴えでもあるので、注意して観察したい。問診票の項目の、1.飲み込みが困難、2.飲み込む時の痛み、3.ムセる、4.咳き込むなどに加えて、鼻からの逆流の確認も重要である。さらに、誤嚥性肺炎・窒息・脱水などの既往歴の情報を確認すること、またそれらの情報とともに、水分と固形物のどちらの形状が嚥下しやすいかの確認は、鑑別診断として有効である。さらに食物形態、食事の所要時間、食事回数、摂取量といった点についても情報を確認しておくことを忘れてはならない。


表2:特養ホームにおける食事形態の実態
・きざみ食 68%
・ミキサー食 16%
・普通食 12%
・経鼻的経管栄養(NG法) 2%
・中心静脈栄養(IVH) 0%
・その他 2%

表2に特養ホームの食事形態の実状を記したが、"きざみ食"での対応が非常に多く、一般的に細かく刻むと食べやすいという誤った捕らえ方が現場に強く見られるのがよくわかる。舌の麻痺等のため食塊形成能の低下したケースや、送り込み障害がある場合、"きざみ食"はかえって誤嚥の原因ともなり、調理の形態も機能に合わせた内容とすることが大切であるが、栄養職員との細かなコミュニケーションが重要である。


嚥下障害の評価

単に嚥下障害のみならずリハビリテーション医療の領域では、機能障害や能力障害の有無や程度について"その障害をどのように評価するか"が非常に重要である。またリハビリテーションを実際に進めていく上ではゴール(目標)の設定が極めて大切になるが、患者の訓練のプログラムを立てていく際にも客観的な評価なくしては訓練計画の立案も出来ない。
さて、リハビリテーション医学における評価の方法については主だったものでは、能力低下に関する評価法として、ADL Index 、Barthel Indexがあり、最近では機能的自立度評価法 (FIM:Functional Independence Measure) 2)が利用されているが、嚥下機能を評価する方法としては元来言語機能の評価方法を準用しているのが実状である。ところでスピーチ・リハビリテーションにおいてわが国で一般的に応用されている標準失語症検査などは、言語障害における発話メカニズム全体の機能を定量的に評価することがなかったために諸外国に遅れているといわれてきたが 3)、こうした問題に対応する評価法として「旭式発話メカニズム検査」が開発され利用が進んでいる。当院ではこの「発話メカニズム検査」を簡略化して嚥下障害患者の評価法 (表3)としているので紹介したい。

表3:嚥下障害患者の評価法(発話メカニズム検査)
大項目 小項目
T.呼吸機能 呼吸数/1分        
  最長呼気持続時間        
  ローソク消し        
U.発声機能 最長発声持続時間        
V.鼻咽喉閉鎖機能 /a/発声時の視診        
  口蓋反射        
  Blowing時の鼻漏出        
W.構音運動機能 口唇の安静時        
  a.安静時の状態 舌の安静時        
  10 下顎の安静時        
  11 歯の状態        
  12 咬合状態        
  13 義歯適合状態        
  b.運動範囲 14 上唇をなめる        
  15 下唇をなめる        
  16 舌の右移動        
  17 舌の左移動        
  18 舌尖の挙上        
  19 硬口蓋をなめる        
  20 右の頬を押す        
  21 左の頬を押す        
  22 頬をふくらませる        
  23 口唇の閉鎖        
  24 口唇を引く        
  25 口唇の突出        
  c.反復運動での速度 26 舌の突出−後退        
  27 舌の左右移動        
  28 連続舌打ち        
  29 口唇の開閉        
  30 下顎の挙上−下制        
X.摂食機能 31 流涎        
  32 取り込み        
  33 咀嚼        
  34 嚥下        
  35 ストローで吸う        

発話は我々がコミュニケーシヨンの表出手段として最もよく使うものである。例えばわれわれが「りんご」という単語を音声表出するためにはまず頭の中で「りんご」の意味概念を想起する。そしてその意味概念に対応する音形をひっぱりだしてくる。日本語ならりんご、英語ならappleとなる。この段階を言語学的段階という。そしてそれぞれの音を発声発語器官を動かすことによって実現していくことになる。この段階を生理学的段階という。発話の障害には(1)ろれつがまわらない、(2)違う語音がでる、(3)はなしがはっきりしない、(4)鼻声がひどい。(5)声がちいさい、(6)話し方がはやすぎる、(7)声がおかしいなどの症状がみられる。日常では声とことばは同義として使われことも多いが、ここでは声とは声質のことでかすれたりがらがらしていたりするのが声の異常である。ことばとは実際に話される日本語のことである。発話は声もことばも含めたものになる。
発話障害は言語学段階でも生理学的段階でどちらでもおこるので鑑別が必要である。そのための一つ方法として発声発語器官の検査が有効である。もし検査上問題なければ言語学的段階の障害である。成人ならば失語症などが考えられる。検査上問題があれば生理学的段階の障害で検査の結果が発声発語器官のどこに問題があっておこるのか原因究明のための情報のひとつになる。発声発語器官とは大きくわけると発話のエネルギー源となる呼吸器、呼吸器からの呼気流を声にかえる喉頭、語音の生成をおこなう舌・口唇・下顎・歯牙・鼻咽喉などである。これらの器官の形態及び機能に問題があるかどうかのチェック表が表3である。
ASMT(旭式発話メカニズム検査)4)は旭中央病院の西尾氏の開発されたもので全体は6つの大項目、69の小項目からなる検査法であるが、当院ではその内35の項目に絞って嚥下機能のチェックを行なっている。そのうちの重要な項目について簡単に解説しておきたい。
まず呼吸機能では呼気の持続時間を測定する。これは最大吸気後、できるだけ長くそっとフの音の構えで息をだしていく。呼吸機能に問題がある場合は発話が小さくて聞き取りにくなったり不自然なところで切れたりする。喉頭の機能では発声持続時間を測定する。これは長くアーといわせて測定するが呼気持続時間より短ければ喉頭になんらかの問題があると考えられる。 次に軟口蓋の安静時の状態を視診する。安静時には健側口蓋弓が下垂します。次にアーと発声させながら軟口蓋が挙上するかどうかをみる。写真1のように左右どちらかに(口蓋垂が健側に)偏位していることもある。アーの発声時にきちんと軟口蓋が挙上して鼻咽喉閉鎖がおこなわれているかどうかは鼻孔に小指をかざし確認することもできる。鼻咽喉閉鎖不全があれば発話は開鼻声となりフガフガしたわかりにくものになる。ここで注意しなければならないのは鼻孔から呼気がもれたり軟口蓋の挙上がよくなくても開鼻声をしめさない人もいるのであくまでも発話に問題がなければかまわないとすることである。さらに鼻咽喉閉鎖機能では、口蓋反射をみる。軟口蓋の両側を口蓋弓に沿って綿棒でこすり軟口蓋の挙上の程度を視診で観察するが、軟口蓋口腔側最上端が硬口蓋の高さまで挙上して正常とする。Blowing時の鼻漏出では、ストローでコップの水を吹き、blowing時の呼気鼻漏出の有無と程度を鼻息鏡で評価する。嚥下障害患者では鼻咽喉閉鎖機能の低下している場合が多く見られるのでこれらの検査の意義は大きい。
次に構音運動機能ではまず安静時のチェックを行なう。口唇の安静時の状態を見てみよう。写真2のように左右どちらかに下垂していることもある。次に舌は安静時:患側で萎縮することもあり、口腔内では健側に偏位するが、運動時(突出時)には写真3のように患側に偏位する。次に咬合状態では前歯部の咬合状態として、開咬のみを評価内容とする。上下前歯部の間から舌尖が出る程度を合わせて評価する。
次に構音運動機能の運範囲では、口唇、舌のそれぞれの器官の自動運動の範囲を評価する。一側に機能不全がみられる場合は患側で評価する。上下口唇の赤唇の上下縁まで達するか、舌が正中から口角までのどの程度まで達するか、舌で頬部を押す際のふくらみの程度などを評価の基準とする。次に交互反復運動時における舌、口唇、下顎の運動速度を評価する。各運動課題の測定時間は3ないし5秒間程度とする。まず、臼歯をかみあわせた状態で3秒間に何回開閉できるかをみる。口唇の機能に間題があればマ行バ行パ行の音に歪みなどがでてくる。次に下顎の開閉運動を3秒間で何回できるかを実施する。下顎の調節は構音に重要な影響を及ぼす。また運動は、左右、上顎切歯裏を叩くなどについてもチェックする。舌の運動は実際の音づくりの仕上げの段階にあるので障害があれば音の歪みがでてわかりにくいものになる。以上簡単な検査を紹介した。詳しくは文献3)を参照されたい。


写真1 軟口蓋の健側偏位  写真2 口唇の下垂  写真3 舌突出時の患側偏位 
写真1 軟口蓋の健側偏位
     (カーテン徴候)
写真2 口唇の下垂
     (右側の鼻唇溝の消失)
写真3 舌突出時の患側偏位


参考文献
  1. 藤島一郎著:脳卒中の摂食・嚥下障害、医歯薬出版、1993
  2. 千野直一編著:脳卒中患者の機能評価、シュプリンガー・フェアラーク、1997
  3. 西尾正輝:旭式発話メカニズム検査、東京、インテルナ出版、1994

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